深層森林


 篝の足下に広がる樹形図に一歩足を踏み入れた瞬間、そこは深い深い森の奥だった。
 もはや何が起こっても不思議ではないけれど、さすがにあたしはあたりを見回した。

 風祭の森の奥とも似ている。植生に違いは見受けられず、空がほとんど見えないほど高く木々が生い茂っているのもまた、同じだった。
 ただ、そこに生きているべき虫や鳥や獣たちの気配は全く感じられず、かわりに――木々の幹の奥やあるいは葉から少し浮いたあたりに、ぽわりとなにかの灰色の光がぼんやりとしてあった。
 まるで脈動でもするかのように仄かに明滅し、さらにそれよりも小さく、ほんのわずかに揺れている。風もないのに。

 あたしが一歩足を踏み出すと、ふと、隣になにかの気配があるのに気づいた。
 瑚太朗君……ではない。これは、
「篝?」
 気配が頷き、そして近くの木で光るそれを指さした。
 手を伸ばすと、それは瑚太朗君だった。
 いつかどこかでの、あたしと瑚太朗君の記憶。
 だけどそれは、あたしが手を触れた瞬間に具体性を喪失して、抽象的な手触りを一瞬だけあたしの肌に残した。
 篝の気配は、また次の光を指さす。
 あたしはそれに近づき、また指で触れ、記憶は肌触りに変わって消えていく。

 いくつもの瑚太朗君に触れながら、あたしは己の指を見つめた。
 指先の感覚は、優しく、寂しく、近く、遠い。
 そう、まるで瑚太朗君みたいに。
 感触を、篝の気配に導かれて辿る。
 そうして、森を歩いて、歩いて。
 その先に待っていたのは――言うまでもない、篝そのひとだった。


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