時の回廊


 空を飛んでいた。
 ただ、なにかの流れの中を、風を切るようにして前に向かって飛んでいる感覚があった。
 青空、ではない。
 眼下には大地もなく。
 どちらを見回して星空で。
 つまり、あたしは遠く星を離れて星間宇宙をひたすらに飛んでいた。

 否、それはあたしですらなかった。

 宇宙に広がるごくごく薄いアウロラのなかを、疾駆する船があった。
 船であろうことは感触で分かったが、それを船と見て分かるわけではなく、濃密なアウロラの塊であることだけがわかる。
 僅かに青みがかって、緑がかった白く輝くなにかの塊。
 その駆ける船の回りをゆっくりとまわる小さな船、小さなアウロラ。
 あたしの視点はそこにあった。
 それは、まるで。

「――篝?」
「そうです」

 ふと隣を見ると、篝が立っていた。

「これは、私です」
「やっぱり。そんな気がした――見せたいものって、これ?」
「はい。私の記憶」

 記憶、か。
 するとこれは、篝が月に来る前の。
 篝がまた首肯した。
 そうすると、あの大きな船が、あたしたちの地球のアウロラで、そのまわりを回る、この小さな船が。

「篝、あなたなんだ」

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 大きな船と小さな船は、星々のあいだを駆けながら、ときおり星に立ち寄っていた。
 なにをしているのだろう?
 じっとその光景に目をこらす。
 すると――ああ――大きな船は、種をまいていた。
 星々のあいだを駆け巡り、ときに立ちより、その背にいる生命や生命の種を星々に播いていくのだ。
 背後を振り返ると、生命は星に満ちたり、あるいは満ちなかったり。
 永きにわたって繁栄したり、あるいはあっけなく滅んでしまったり。
 だが、それはそれぞれの生命の問題でしかない。
 星を巡りながら、大きな船は、ただひたすらに種をまき続けている。
 最後に地球と月にたどり着くまで、 ずっとそうしてきたのだ。

 遥かなる宇宙の種まきの光景を見ながら、あたしは自分の胸がひどくうずくのを感じた。
 その理由に、思い当たるものが……あった。

 大きな船のすることを種まきとは言うが、そのまいた種がどうなっていくのかを知ることはない。
 船は、長い長い旅の途上にいるのだから。
 星に留まるなら、それはもう船ではなくなってしまう。
 だから、それは種まきであると同時に――別離なのだ
 星に立ち寄り、別れがあり。
 また星に立ち寄り、また別れがある。
 なんという――孤独だろう。

 そして、この子は。
 隣に立つ篝。
 この子は、その孤独を、ずっと見守り続けてきたのだ。
 あの船がどんなに救われたことだろう。
 そんな孤独に、ひとりではとても耐えられるまい。
 そして船が地球にたどり着いたあとも、この子は月として、ずっと地球を見守り続けていたのだ。

 だから、この胸の痛みは。
 その孤独の道を――瑚太朗君がひとり行くことの、痛みなのだ。
 誰も伴わず、ただひとりで、あまりにも長い別離の道を行くことの。

 あたしは思わず、ぎゅっと胸を押さえた。
 気づいてか気づかずか、篝が、ふとあたしに顔を向けた。
 その表情にはっとする。
 あまりにも優しげな、慈母のような柔和な顔。
 その顔のまま、篝は、小さく、でもはっきりと、あたしにむかって言った。

 ――その言葉を、今でも覚えている。

「小鳥――私を殺しなさい」


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