おかあさん


 夜だった。
 ベッドに突っ伏して、思考は延々と空回り。
 無為に過ぎていく時間がただただ虚しかった。
 泣きもしたし、でも、それが自分のどんな感情によるものなのか、自分でもわからない。

「小鳥――私を殺しなさい」

 その言葉は、あまりにも重くあたしの感情にのしかかっている。
 それがどういう意味なのか、あたしは――理解してしまったのだ。

 私を殺しなさい。
 そして、■■■■■■■――。
 篝はあのとき、確かに、にっこりと笑った
 そして、篝が見せてくれたイメージは。

 ベッドに突っ伏して、枕に顔を埋め、あたしは息を漏らした。
 震えていた。また、涙がこぼれた。
 こんなにひどいことってない。
 なんで、あたしが。
 こんな過酷な――運命を背負っているのだろう。
 それは、あまりにも――
「ひどい……」
 呟くと、もう涙は止まらなかった。
 嗚咽が漏れて、抑えることはことはもうできなくて。
 わんわんと、あたしは声をあげて泣いた。

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 たぶん、泣き疲れて眠ってしまったのだ。
 意識がぼんやりと覚醒して、あたしは体をねじった。
 今、何時だろう。
 窓から見える夜空には、星々が燦めいている。
 満月に少し足りない夜だ。
 月が沈んでいるなら、夜明けは遠くない。
 と、
 カチャリ、と僅かな音がした。
 ドアが少し開いていて、廊下の常夜灯の橙を背景にして、そのひとは。
「お母さん……」
 糸のように細い目を心配そうにまた細めて、お母さんはそっとあたしに声をかえる。
「できたら、ゆっくり寝なさいね」
 その優しげな声がとても好きだった。
 ふるふると、あたしは首を振った。
「……入るわよ、小鳥」
 小さく、頷く。
 隣に誰かがいて欲しかった。

 お母さんは、部屋の隅に転がっているクッションをベッドの横に持ってきて、そこに座り込んで、ベッドにもたれかかった。
 あたしの肩の辺りだけれど、あたしからはその表情は見えない。

「ねえ、小鳥」
「うん」

 お母さんは、いつもゆっくりと話す人だけど、今日はいつもにもまして、ゆっくりだった。
 でも、言葉を選んでいるようには思われない。
 まるで小さな子供に言い聞かせるように、話している。
 それは、そうか、と少しだけおかしくなった。
 お母さんにとって、あたしはやっぱり、いつまでたっても子供、なのだ。

「なにがあったかは、聞かないわ」
「気にならないの?」
「そりゃ、気になるわよ」
「仕事」
「『機構』も、それはそうだけどね。でも、どうでもいいわ」
「……」
「自分の娘がそんな顔をしてたら、仕事のコトなんて全部どこかに行っちゃうわ」
「でも、お仕事、人類のことでしょ」
「全部どこかに行っちゃうわね」

 言葉を繰り返すと、いかにもおかしそうに、お母さんは笑った。

「変よねえ。人類のことだって、大切な仕事だって、そう思ってずっとやってきたのに。でも、どうでもよくなっちゃう。どうしてかしらねえ」

 それから、一呼吸置いて。

「ちょっとだけ、昔話をするとね……」


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