さよなら人類


 あたしは星空のした、高い高い虚空を飛んでいた。見下ろす地球は陽に碧く輝き、また闇に僅かな炎の光を放っていた。
 文明時代の夜景とは比べるべくもなかろうけれど、それでもその灯火は、人類が力強く生きようとしている意志の発露にほかならなかった。

 あたしはそれらの生きることのすべてから遠く離れて、ただ虚空を飛んでいた。
 そうすれば、彼が来てくれると知っていたのだ。
 果たして彼は来た。
 人型をかろうじて保ち、しかしその体のほとんどは植物の船であった。
 彼はあたしをひっつかむように抱き抱えると、勢い余って地球を半周ばかりした。
 彼は大きかったけれど、あたしもまた全長100キロメートルほどはあるようで、彼と並んでも、なんとか大人と子供くらいの身長差に収まった。

「コトリ!お前は……!」

 心配の声だった。そして絶句した。
 あたしが彼女を殺したのを悟ったのだろう。
 それかすべてだった。
 人が殺せる相手ではない。
 彼女が望まなければ有り得ない。
 それもまた彼は分かっているはずだ。
 だから、これ以上の何の説明もいらなかった。
 あたしは、リボンの腕をしゅるしゅると、彼の背中に伸ばした。

「お前は……」
「あたしも行くよ。一緒に」

 それは、遠い旅だ。遥かな旅になるはずだ。
 それでもよかった。
 あたしはそれでもよかったし、今のあたしには、それがごく自然なことに思えた。
 あたしであるアウロラが、きっとそう言っている。

「でも、お前の体じゃ、オレとは一緒に行けない。旅は長いし、果てはない」
「うん」

 あたしは笑って頷いた。
 そんなことは知っている。
 たりないもの。
 満たされなければならないもの。
 彼も、もう分かっているはずだ。
 だからあたしは、こう言った。

「瑚太朗君、あなたを、あたしに、ください」

 もはや、瑚太朗君は何も言わなかった。
 ただ、しかたないなあ、という苦笑いを浮かべていて、それはあたしの記憶のどこかにいる瑚太朗君のようだった。

「あなたが人類の船なら、あたしをあなたの、月にして」

 瑚太朗君は、あたしを抱く腕に力を込めた。
 その腕は、あたしの腕よりもずっと人間の形をしていて、なんだかあたしは泣きそうになった。

「あなたの力で、あたしを書き換えて。ずっと二人ではいられない、あたしの運命を書き換えて」

 その――あたしの願いに、瑚太朗君はそっと頷いた。
 遠い約束だった。
 そして。
 そうしてあたしは、瑚太朗君の月になったのだ。


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