1.リトルバスターズ結成(1)


「バンドをしよう。バンド名は――『リトルバスターズ』だ!」
 その一日は、恭介の鶴の一声で始まった。

 授業が終わるとすぐに、恭介がやってきた。そのあとについて、僕たちは廊下を行く。いつもの光景だった。
「だが恭介、バンドと言っても、まず楽器はどうするんだ」
「そのあたりに抜かりはないさ」
 階段を登り、廊下を歩き、ようやく恭介は足を止めた。見上げるその教室は……
「音楽準備室?」
「そう」
 いいながら恭介はポケットから鍵を取り出す。

 準備室にはいろいろな楽器が納められていた。大きなものはブラスバンド用の太鼓や木琴に鉄琴。黒いケースに収められているのは笛やらトランペットやらの類だろうか。
 珍しいものでも見るかのように、真人があたりをきょろきょろと見回した。
「なあ、恭介。ここでやるのか? ちょっと狭いぜ」
「いや、練習は別の場所だ。鈴、理樹」
「なんだ」
「おまえたちはギター担当だ。そこから好きなのを選んでこい」
 指さす先に、ギターが何本か立てかけてあった。
「謙吾はベース、俺はキーボードだ」
 言って横長のケース――たぶんキーボードなのだろう――を持ち上げる。
「ふむ、妥当な線だな」
 謙吾もいくつかあるギターを一瞥すると、そのひとつを取り上げた。
「謙吾、それってギターなんじゃないの?」
「ベースギターだ。弦の本数が少ないだろう」
「あ、ほんとだ」
 そういうものなのか。
「なあ、恭介、俺は何をするんだ? 筋トレか?」
「ドラムだ。お前のその鍛え上げられた筋肉なら、絶対にいける」
「おお……そうか! つまり筋肉ってことだな!」
「そういうことだ。ドラムは練習室にあるぞ」
「なんだ、運ばなくていいのか」
「普通は据え置きだな」
「なんだ、せっかく筋肉を準備しておいたんだぜ」
「相変わらず筋肉バカだな……」
 鈴がいつものようにため息をつくと、謙吾がちらりとこちらを見た。
「お前たちも早くしろ。弦が6本のものなら、なんでもいい」
「あ、うん」
 慌ててギター選びにかかる。鈴は並ぶギターを目の前に、顎に手を当てた。
「なんかいろいろあるな……」
「うん」
 色とりどり。黒、赤、木目調のものもあるし黄緑でてかてかしているものもある。
「まあいい。あたしは赤にする」
「赤?」
「ああ。なんかかっこいい」
「そうだね」
 そうすると僕は……黒あたりか。赤と黒なら相性もいいだろう。

 隣の練習室にやってくる。
「ねえ、恭介」
「ん?」
 キーボードをケースから取り出しながら、恭介がちらりとこちらに視線を向けた。
「ここ使っていいの?」
「ああ、活動停止中の軽音楽部の部屋だ。許可は取ってある」
「ふうん」
 根回しの周到さは、さすがだった。
 恭介がキーボードを組み立てると、それで準備は終わった。
「しかし恭介、バンドをやるといっても、なかなか難しいぞ」
 ベースギターを肩に下げて、謙吾が問う。
「なに、ゆっくり練習すればいいのさ。なにしろ時間だけは、たっぷりあるからな」
「違いない」
 謙吾が少し肩をすくめて見せた。

 それからしばらく、入門書をみんなで眺めながら、練習をした。
 恭介がキーボードを両手で押さえながら、適当な歌を歌ってみせた。そうするとなんだかそれっぽく聞こえる。曰く、コードとメロディでもなんとかなるものさ、だとか。
 謙吾は淡々と低い音(基音、とかいうんだそうだ)を鳴らす練習をしている。まるでなにかの修行をしているみたいだった。
 意外にも器用だったのは真人だ。なんというか……うまいこと疾走感のあるリズムが聞こえてくる。ランニングのときのことを考えろ、という恭介のアドバイスが効いたのかもしれない。
 もちろん、一番下手なのが僕と鈴のギターだった。しばらく教本を見て指を動かしてみるけど、思ったとおりにいかない。
「こんなんできるかボケーっ!」
「そういうなよ鈴。しばらく続ければ上達する」
 ぽんぽん、とその頭をたたいて見せる恭介だった。

 そんなことをしているうちに、気がつけば夕暮れ時だった。
「恭介よう、そろそろ腹が減ってきたぜ」
「そうだな」
 窓の外を見て、恭介が呟く。空が真っ赤に染まっていた。
「……俺はちょっと後片付けをしていく。楽器を準備室に戻して、先に学食に行っててくれ」
「いいの、恭介?」
「ああ」
「それじゃさっそく行こうぜ」
 真人がドラムセットから立ち上がった。
 それに続いて、僕たちは三々五々、練習室を後にする。

  ▼  ▼  ▼  ▼

 独り残った棗恭介は壁際に座り込むと顔を伏せ、ふう――と息を吐き出した。長く、長く。ため息というには自覚的だった。
 それからどこからともなくアコースティックギターを取り出すと、何かの旋律を奏で始めた。
 折しも、雲のあいだから夕陽が顔を出した。鈍い光が練習室を橙一色に染め上げる。寂しげな旋律と色の抜け落ちた風景が奇妙に符合していた。
 やがて棗恭介の指が止まり、その口元が歪む。
「『song for friends』、か」
 その視線がちらりと窓の外を向いた。夕陽が山の端に落ち、空は闇に沈もうとしていた。
「俺には似合わん曲だったな……?」
 呟くと、棗恭介はすこし背中を丸める。
 立ち上がり、仲間の待つ学食に向かうまで、少し時間があった。

  ▲  ▲  ▲  ▲

(続)


戻る