2.ツーマンセル(2)


 恭介の買い物は、マンガの週刊誌だった。『スクレボ』が載っているやつだ。
「あの馬鹿兄貴……自分で買いにいけ……」
 鈴の額に青筋っぽいものが浮かんでいた。
「まあまあ。どうせ暇だったし、いいよ」
「理樹がそうやってあまやかすのも、よくない」
「そうかな……」
 どちらかというと甘やかされているのは鈴のほうなんじゃないかなと思うけど。

 とにかく行きつけのペットショップでモンペチを買い込んで(ちなみにお一人様何個限定、っていうのは結局なかった)、それから本屋に寄って恭介のお使いを済ませる。それで用事は一通り済んだ。
「とりあえず買い物は終わりだね」
「うむ」
 頷いてから鈴は、ちょっと付け足した。
「なあ、理樹」
「なに?」
「すこし、おなかがへった」
「そう?」
 時計を見る。時計はまだ午後四時を回ったところだった。夕食までまだ時間がある。
「何か軽く食べていく?」
「そうしよう!」
 モンペチを見つけた猫みたいに、鈴の顔がぱっと華やぐ。
(まったく、現金なんだから……)
 そう思いつつ、まあ悪くはないかなと思った。苦笑いはするけれど。

 何度か行った喫茶店に入る。
「いらっしゃいませ」
「ええと、二人で」
「承知しました。こちらへ」
 通された席は窓際の二人席だった。一階だけど、通りは綺麗に舗装されて掃除されている。電柱なんかも立っていないし、緑も多い。悪くない眺めだ。
「♪」
 鼻歌を歌いながら、鈴がメニューをめくる。僕はというともう決まっている。と言っても特に空腹でもない。要するにブレンドというだけだった。
 鈴はしばらくメニューをめくっていたが、やがてとあるページで手を止めて、目をきょろきょろとさせて唸った。
「どうしたの?」
「困った」
 鈴はメニューをこちらに向けた。
「これとこれ。どっちもおいしそうだ」
「どれどれ」
 指さす写真を見てみる。
「ガトーショコラとイチゴタルト?」
「うむ」
 いかにも深刻そうな顔だ。
「たしかにどっちもおいしそうだね」
「そうなんだ。わかるか!」
「そろそろイチゴの季節だしね」
「チョコレートは季節に関係ないし」
「そういうことだ」
 オールタイム・ベストと季節の食べ物か。確かにこれはちょっと難しい問題だ。
「それなら、僕が片方頼もうか? それで分けたらいい」
「ほんとうか!」
 鈴の目が輝いた。
「……でも理樹、ちょっと行儀が悪くないか、それは」
 おお。鈴らしくない心遣いだ。
「おいしいものを分け合うんだから、いいんじゃない?」
「まあ、そうか」
 納得したようだ。
「それじゃ、そうしよう。理樹はガトーショコラを頼む」
「わかった」

 まあそんな分担はあまり関係なくて、やってきたケーキのほとんどは鈴の胃袋に収まったわけだけれど。

「ありがとうございました。またお越しください」
 店員さんの挨拶を背に、僕たちは店を出た。気がつけば陽が沈みかけている。
「理樹、いま何時だ?」
「四時半だよ」
「そんなに遅くないな……もうくらいのか」
「もう秋だからね。でも確かに、随分早くなったね」
「そうだな。でも結構長くしゃべってた気がするぞ」
「そうだね」
「そういえば、理樹」
「なに?」
「そういえば、二人でこういうところに来たことは、あんまりなかったな」
「そうかな?」
 ちょっと考える。
「……たしかに、そうかも」
「うーん……」
 鈴がふと足を止めた。顎に手を当てて、何か考える格好だ。
「どうしたの?」
「なあ、理樹」
「なに?」
「こういうのって、その……」
「うん」
「あのな」
 何か言いよどんでいる。どうしだんたろう。
「うう……」
 言葉が止まった。なんだろう。顔が少し赤い。
「何か気になることがあるの?」
「気になるというかその……」
 おずおずと、口をひらく。
「これって、デートっていうのか?」
 思わず目が丸くなった。

 僕が渦中の人物なのは置くとして、とにかく鈴の疑問がもやもやしたまま帰るのは何となくどうだろう。
「少し寄り道する?」
「そうしよう」
 神妙に鈴が頷く。

 河原に着いたときには、もう夕焼けというより誰彼時といった空だった。
 鈴からなにか口をひらく様子はなかった。どうしたもんだろう。
「でも、唐突だね」
「なにがだ?」
「その……デートなんて。マンガでも読んだ?」
「あたしは馬鹿兄貴とは違うぞ」
 なんだか不満そうだ。
「それじゃ、なんとなく思いついた」
「まあ、そうだな。たぶん」
「ふうん……」
 それにしたって唐突だ。
 そもそも、鈴はデートっていう言葉を判って使ってるのかな……。
 まあ、それを言うなら僕だってそうだ。デート……なんて、したことないからな。
「……男女で二人でケーキを食べてるんだから、デートと言えなくもない、かもね」
「だろう?」
 そういう鈴の顔はしかし納得がいっていない風だ。
「でも、なんかちがう気がする」
「うん」
「よくわからん」
「たしかに……よく判らないね」
 鈴とデートと言われると、なんだかしっくりとこない。それより、買い物ついでにおなかを満たしてきた、のほうがそれっぽい……というか。
「あんまり深く考えないでいいんじゃない? ケーキはおいしかったわけだし」
「ううん……」
 鈴はマフラーに――僕のだ――首を埋めた。それから、ぼそりと言う。
「理樹」
「なに?」
「あたしは理樹が好きなのか?」
 今度こそ僕は目を剥いた。

(続)


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