棗恭介はリトルバスターズを結成した。無論、バンドとしての……だ。
真人がドラム、謙吾がベース、自分がキーボード。理樹と鈴がギター。謙吾と恭介自身が交代することはあるにせよ、とにかく理樹と鈴のツインギターは変わらない。
極論になるが、ドラムとベースが真っ当なら、最低限、曲じみたものは成立する。それにキーボードでコードを弾けば、曲の構造はほとんど決定だ。そのうえでギターやボーカルがどんなに踊ろうと、全体の構造――枠のようなもの――は変えようがないのだ。
たとえ理樹と鈴がまったくギターを弾けなくても、鈴が歌い、理樹がそれにハモる……というふうにすればバンドは成立だ。それでもいい、と棗恭介は思っている。
要するに――恭介たち三人を踏み台にして、理樹と鈴が共同作業をするという形式ならば、なんでもいい。
寒くなってくると鍋をする。鍋をするときの作業担当も、そうしている。つまり、生活全般において、だ。これで二人の仲が深まらなんてことは――あり得ない。
あり得ない……。
ふう、と棗恭介はため息をついた。
練習室の窓からは、なにかの会話をぽんぽんと交わしながら校門に向かって歩く理樹と鈴の姿が見えた。町の用事にかこつけて、今しがた恭介が送り出したのだ。
(本当に……そうか……?)
わきあがる疑念を押さえつけ、押し込め、蓋をしてガムテープでぐるぐる巻きにした。イメージすること。
遅々とした歩みだが、ふたりの関係は少しづつ変わっているように見える。
変わっているが……これだけお膳立てして、これだけ毎日毎日――何度も何度も――繰り返しても、ゆっくり、ほんのゆっくりづつしか変わらない。
「恭介」
謙吾の声に棗恭介は我に返る。そのまま無言で視線を室内に戻す。
「……」
黙って恭介は、その細い指をキーボードに置いた。そのまま指を走らせる。ワンフレーズ。
5人が揃ったときのような、ただのコードではない。メロディを含んだ複雑な指使いだ。
ツーフレーズ……謙吾と真人がそれぞれのタイミングで入ってくる。そして前奏――
――もともとは、疾走感のある曲だったのだろう。だが、恭介のテンポがゆったりしているせいで、それは失われ、そこに残っているのは『疾走感』が振り切るべき『寂しさ』だけだ。
やがて静かな演奏が終わった。真人は腕を組んで黙っている。謙吾が目を閉じた。
「演奏には心のありようが反映されるものだ。剣と同じく、否応なく、な」
「……」
「疲れているなら少し休め。今日はもう練習は終わりだ」
「謙吾、」
「俺たちの演奏が上達することに意味はない。そうだろう」
しばらく恭介は黙っていたが、やがて立ち上がった。
「キーボードは片付けておく。いいから夕食まで一眠りして来い。いいな」
「そうする。すまんな、謙吾。それに真人」
「気にすんな」
「今更だろう」
「違いない」
決して皮肉げではなく、恭介はそう言った。