13.対決


 西園美鳥は、中庭にいた。西園美魚がかつていた場所に、同じようにして座っていた。ただ、その頭の上には白い傘はなく、その空間がぽっかりと穴を開けているように棗恭介には見えた。
 がさり、という足音に気づいたか、西園美鳥は顔を上げた。その視線の先の棗恭介が、口を開いた。
「ここは、お前の場所じゃない」
「初対面早々、ご挨拶だね」
「ふん」
 棗恭介は鼻で笑った。
「陰でこそこそ暗躍している奴に言われる筋合いはない」
「陰でこそこそ暗躍?」
 返事は皮肉げだ。
「それはこっちのせりふだよ、恭介くん」
「何を企んでいる」
「あら、お見通しってわけじゃないんだ」
「必要なら力ずくで聞きだす」
「美魚が聞いたら嫌われるよ?」
「お前は違うだろう。それに、必要ならばそれも厭わん」
「気が立ってるね」
 軽く言うと、いじっていたケータイをぱこんと折り、立ち上がるとそれをポケットにしまった。
「場所を変えようよ、恭介くん。平穏に済まなさそうなら、それこそ陰でこそこそやらないと。理樹くんのためにも――ね?」
 恭介は口を開きかけたが、どちらにせよ場所を変えることに異議はなかった。
「校舎裏だ」
「告白でもするの?」
「それなら俺も楽なんだがな、お前のほうがそうは問屋が卸さないだろう」
「ためしに付き合ってみるとか」
「何の冗談だ」
「もちろん、場を和ませるための」
「しばらく黙ってろ」
 言い捨てると、恭介は後ろも見ずに歩き出す。ちらりと校舎を見上げてから、美鳥はそのあとを追う。

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「はっきりと訊く。お前は一体、何を企んでいる」
「単刀直入だね」
「場合によっては、お前を強制的に排除する」
「問答無用か」
「手段は選ばん」
 やれやれ、とばかりに美鳥は肩をすくめた。
「要するにね、あたしは理樹くんと鈴ちゃんは真実を知るべきだと思ってるんだよ」
 想定はしていた。が、棗恭介の顔に血の気が引いた。こいつは……敵だ。排除しなければならない。
「それがどういう意味か判っているのか?」
「さあね。それはあの二人しだいだよ。でも、恭介くん。あたしは、あの二人がきみに惑わされたままでいいなんて、思わない」
「なら……皆で炎に巻かれて死ねばいい、と言うのか?」
「死ぬとは限らない。生きていればチャンスはある」
「あの事故の惨状を知って言っているのか?」
「それでも、せめて――戦って死ぬべきだよ」
「その結果が確実な死であっても、か?」
「結果だけを求めるのは、邪悪だよ――時風瞬?」
 ぐ、と棗恭介は言葉に詰まった。
「『スクレボ』を出されると弱いかあ。さすが恭介くんだね」
「俺は……」
 その声が低くなった。
「俺が邪悪でも構わん。そんな迷いは、とうの昔に振り捨てた」
「この世に悪の栄えたためしはないんだよ。勧善懲悪。人間賛歌。『スクレボ』読者とはとても思えないね」
「俺が邪悪だとして……悪には悪のやり方がある」
「ひゅー。かっこいー」
 字面に反して、その言葉は投げやりだ。
「それなら、そうすればいいよ。でも、あたしにもあたしのやり方がある。何度恭介くんに巻き戻されようとも、何度だって理樹くんを焚きつけるよ」
「それならそのすべてを――ブチのめすまでだ」
 棗恭介の目に邪悪な――彼自身が言ったように――炎が灯った。
「話は終わりか」
「みたいだね」
「ならば……、消えろ――」
 次の瞬間――きらめく刃がまるで手品のように、西園美鳥の背中に突き出た。一切の躊躇なく、刃は心臓を貫いている――
 にやり、と西園美鳥が笑った。

(続)


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