15.混迷、そして、


 西園美鳥は、刃をものともせず、棗恭介のほうをじっと見ていた。その顔は不敵に笑っている。
 突き刺した刃の感覚がありながら、嫌な汗がにじむのを、棗恭介は自覚した。相対するその顔が、勝者が敗者を見る顔だった。見下されている。
(何か――謀られた?)
 と、西園美鳥が顔を上げた。ずっと上の方に――棗恭介は猛然と空を見上げた。その視線の先に、ふたりはいた。
 屋上だ。その金網に顔を押し付けるようにして、俺たちを見ている。刺した側、刺された側を。
 ふたりは顔を引きつらせていた。何かを叫ぼうとしているような顔にも見えたが、声は聞こえない。
 どさり、と音がして、恭介の腕が急に軽くなった。西園美鳥が地面に倒れている。制服には明らかに刃で突かれた跡がある。間違いない。しかし、血は出ていない。
 こいつはなんだ、と思った瞬間、
「恭介――!?」
 叫び声がした。理樹だ。
「待て、これは……」
「何やってんだバカ兄貴!!」
 真っ青な顔の鈴が、理樹を引っ張って視界から消えた。ここにくるつもりだ。
「くそっ」
 毒づいて恭介は、懐に手を入れた。懐中時計を引っ張り出すのももどかしく、そのスイッチに指をかけ――
「あら、それは困るんじゃないの、棗くん?」
 突然の背後の声に、心臓が飛び跳ねた。これを見ている奴が――そこには、天野が立っていた。悪戯そうな目つきだ。。
「このまま時間を巻き戻したとして、直枝くんや棗さんのまで巻き戻すことはできないわよ」
 天野の指摘に、棗恭介は凍りついた。起こったことはなかったことになる。だが、心の変化は引き継がれる。これがこの世界の――棗恭介の能力だ。
 今の理樹と鈴のを引き継いでしまうのは……まずい
 だが、二人がこの現場を見れば、事態はもっと酷いことになるだろう。疑心が恐怖に変わって――手遅れなのかも知れないが――いや、それはもう考えないでおこう。棗恭介は決め打ちした。何が正しいかを考える時間はない。
 遠くから足音が迫ってくる。
 恭介は懐中時計のスイッチにもういちど指を乗せる。
「それが棗くんの選択か……」
 天野の茶化す声を聞きながら、棗恭介は指をぐっと押し込んだ。
 カチリ――