16.不明なれども警鐘



 更衣室にはいると、背中をロッカーに預け、そのままへたり込んだ。脂汗がじっとりと全身から吹き出ている。決して夏の暑さのせいじゃない。
 心臓が早鐘を打っている。警鐘を鳴らしている。こいつは――やばい、と。

 恭介だ。全く理解を超えているが――海が見えた瞬間、不信と恐怖を感じたのだ。まるでその懐に、ぎらぎらと鈍く光る刃を隠し持っているかのような――
 僕は頭を振った。そんなこと、あるわけない。だって恭介だぞ。僕たちの恭介だ。

 だけど、このほとんど本能的な……総毛立つような感覚はなんだ。この感覚はおそらく、本物だ。
 なにか、おかしなことがおこっている。なにかが――致命的に間違っている。

 とにかく、普通を装うべきだ。普通だと自分で納得してしまうのではなくて、演じるのだ。普通、を。
 深呼吸をする。二度、三度……。
 ちいさく頷くと、ロッカーを開き、服をぽんぽんと脱いで放り込むと、水着を着る。30秒もかからない。酷い汗だ。シャワーをざっと浴びることにする。これも1分もかからない。そして外に出る。陽光――。

 やがて、女子更衣室から鈴が出てきた。僕より少し遅れて、だ。
「理樹……」
 その瞳に様々な感情が渦巻いているのが見て取れた。要するに――混乱している。
「浮き輪持ってる?」
「うん」
「よし、それじゃちょっと遠くまで泳ごう。鈴は浮き輪に乗ってればいい」
 声にならない肯定がかえってきた。

(続)


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