19.学園革命スクレボ(3)


 喫茶店を出ると、僕たちは本屋に向かった。街でマンガを買うときに、いつも使っている店だ。
 大して広くもない店だけど、その割りにはマンガの蔵書は豊富だ。ありがたいことに、『学園革命スクレボ』は全巻取揃えてあった。
 一冊を抜き出してはぱらぱらとめくり、隣の巻を手に取り……そうすること2,3冊で、鈴は目当ての巻にたどり着いたようだった。
「ここだ、理樹」
 差し出されたページを見る。そこに描かれていたのは、奇妙な仮面を被った学生服の男だった。

『いいや! 限界だ、押すね!』
『今だッ!!』

 そいつは、右手に持った懐中時計のようなオブジェの突起に指をかけて、そう言っている。見開きで、コマをぶち抜いた絵だ。クライマックスが近いことを思わせる。
「こいつが、時風瞬だ」
「時風……?」
「そうだ。『学園革命スクレボ』のラスボスで、時を操る能力を持っている」
「時を操るって、どういうこと?」
「『スクレボ』の強敵は、だいたい時を操る能力を持っている。その中でも時風瞬は、『時を巻き戻す能力』を持っていて、それで主人公の朱鷺戸沙耶はめちゃめちゃに苦戦するんだ」
「ふうん……」
 読んだことのないマンガだ。そういうものなのか、としか……それにしても絵柄が思ったよりこう、個性的だ。これは一般受けしないんじゃないだろうか。
「それでだな」
 鈴は続ける。
「この時風瞬の能力は、時を巻き戻して、起こったことをなかったことにすることができるんだが、ひとつだけなかったことにできないものがある。それがなんだか判るか?」
「いや……なんだろう」
「それは、人の心だ
「人の心……?」
「そうだ。戦いの中で、沙耶はいろんなことを思う。何度も何度も時を巻き戻されるけど、その中で、いろんなことを思う。そういう『思い』は、時風瞬の能力でも巻き戻すことは……できない」
 そのとき、頭に引っかかるものがあった。何かおかしい――
「でも、鈴」
「なんだ」
「それだと、その……時が巻き戻ったときに、」
 言いかけて、絶句した。

 時が巻き戻ったときに、現実と自分の心にくいちがいが起こるんじゃないか――

 言葉を失った僕に、鈴は重々しく頷いた。
「そうだ。時を巻き戻された沙耶は、いまのあたしたちに似てる。すごく、似てる」
 鈴はぱらぱらとページをめくった。指が止まったそこには、銃を持った女の子が――たぶん、その沙耶って子だろう――呆然と辺りを見回しているコマがあった。

 起こったことには連続性があるが、感情には連続性がない。

「理樹、やっぱりあたしたちは、革命装置<レボリュートリック>の攻撃を受けてる。時風瞬のだ」
 僕はゆるゆると首を振った。マンガの話をしているんじゃないんだ。でも、この僕たちの状況は……そして、
「鈴、その『学園革命スクレボ』、誰かに勧められて読んだね?」
 黙って鈴は頷いた。そして、目線をそらしながら、その名前を口にした。
「きょーすけだ」

 そのとき。

 ぱちぱち、とわざとらしい拍手の音が聞こえた。なにごとかと振り返ると――そこには、青いショートカットに赤いカチューシャ、というなんというか……奇抜な髪の女の子が立っていた。
「鈴ちゃん、やるなあ。まさか私の解説が要らなくなるとは思ってなかったよ」
 鈴が眉をひそめた。
「鈴、知ってる子?」
「いや……知らない」
 聞くまでもなかったか。鈴は猫みたいな警戒態勢に入っている。
「まあ、忘れられちゃってるのは仕方ないよね。なにしろ、時を巻き戻されると、起こったはずのことはなかったことになっちゃうわけだし」
 鈴が僕の制服の裾を掴んだ。
「君は……?」
「そんなに警戒しないでよ。私は理樹くんと鈴ちゃんの味方だよ。二人には――」

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 カチリ――