25.幻日


 裏庭をまっすぐに横切る。走る。最短距離だ。
 心臓がばくばくと跳ねていた。急に走り出したから、だけじゃない。

「その子は、キミの名前を知っているかもしれない。だが、何かの拍子に失われてしまう可能性は……高い」
「行くんだ。そしてキミの名前を呼んでもらえ」
「急いだ方がいい。さあ」

 僕の名前は何だ。僕は――誰だ。

 校舎の端を回ると、渡り廊下が見える。鈴がいるのはその向こう側だ。
「鈴ーっ!!」
 走りながら叫ぶ。
 返事が、ない。
 まさか――その場所をのぞき込んで――

 そこには――何もなかった。誰もいなかった。
 モンペチも、猫たちも、誰も、何も……
 あるはずのものが、ない。いるはずのひとが、いない。
 その名前を呼ぼうとして、
「……!!」
 言葉が出ない。僕は今、何て言おうとしたんだ。誰を呼ぼうとした。
 僕は何をしていた? 何故ここにいる?
 足元がぐらぐらと揺れた。地面が崩れていく、のか、僕がくずおれていくのか……景色がぐるぐると回る。
 ああそうか。
 そんなのどっちでも同じ――

「理樹っ!!」

 ――声が、聞こえて……どさり、と僕は地面に倒れた。

(続)


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