26.ともしび


 目がうっすらと開くと、僕をひどく心配そうに見下ろしている顔があった。
「理樹? 気づいたか?」
「うん……?」
 理樹――直枝、理樹。そうだ、僕は……
「鈴……?」
 女の子が――鈴が、まるで泣きそうな顔で息を吐いた。
「どうしたんだ、一体。突然倒れて……」
「棗、鈴」
 ゆっくりとその名前を呼ぶ。
「はあ?」
 わけわからん、という顔だ。いつもの顔だった。
「おまえ、だいじょうぶか?」
 その手が僕の額に乗せられた。頭の後ろの柔らかい感触に気づく。膝枕か。あたたかい……
 くしゃり、と自分の顔が歪むのが判った。
「お、おい……理樹!?」
 自分でもわけがわからないまま、僕は鈴にすがりついた。
「う、うう……」
 嗚咽が止まらない。怖かった。
 何もかも、自分の名前さえも忘れて……それが恐怖でなくてなんだというんだ。
 にゃあ、と猫が鳴いた。
 心配してくれているのかも知れない。ひどい話だった。

 しばらくそうして泣いて、気づくと日が暮れていた。
 相変わらず景色は渡り廊下のそばのそれだった。
 横には鈴の顔があった。
「鈴……だよね」
 頷く。それから、少し難しい顔をした。
「なにがあった」
「……?」
「理樹、おまえ、ちょっと普通じゃなかった。なにか、あったんだな」

(続)


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