31.混乱の拡大(1)


 気がついたときには青空が見えて――グラウンドの脇の木の下に横になっているようだった。
「目を覚ましたか」
 来ヶ谷さんの声が聞こえた。焦点をあわせる。そこにいるのは来ヶ谷さんとそれに、鈴だった。
 鈴がボールを投げ、僕が打ち、ボールは――そうだ!
「みんなは……?」
 が、来ヶ谷さんは首を振った。
「ここには、いないさ……だが、思い出したんだな」
 思い出した……?
 記憶を――ぐわりと脳をかき回される、

『……そのときは、きっと私から言うよ。誰もいない放課後の教室にでも、キミを呼び出して……好きなんだ、って』
『握手を――友情の証を』
『白鳥は哀しからずや空の青/うみのあをにも染まず/ただよふ』
『俺たちで、もう一度……修学旅行に行くぞ』
『こすも、なーふとに、なりたいですっ!』
『さて……こいつを掴んじまったらもう去らなくちゃいけねぇ』
『誰も……嫌わなくていい。誰も悪くなかった。私、それが確認できただけでじゅうぶんだよ』
『なあ、理樹。あたしたちが付き合おう』
『あなたの目がもう少し、ほんのちょっとだけ、見えるようになりますように』

――思い出される光景たちに、決定的に整合性がない。意識が混濁している。一体、何がどうなっている……?
「混乱しているようだな」
 ふるふると首を振る。肯定だ。
「そうだな」
 まるで、ここにいない誰かを恨むようにして、来ヶ谷さんは答えた。
「理樹君の混乱のうち、いくつかは私が説明してあげることができる。だが恐らく、私ができるのは、だいたい半分くらいまで、だな。そこから後のことは、私には判らない」
「来ヶ谷さんでも……?」
「観測していないからな。だが、もし理樹君、君が話してくれるつもりがあるなら、私は――それを整理してあげることができるだろう」
「……」
「混乱したままの話でいい。まともな法則で動いてはいない世界だ。理樹君の視座で、整理した話はできないだろう。おそらく、原理的に」
 原理的に……?
 わけがわからない。僕は首を振った。が。
「理樹……」
 鈴が心配そうに、でも何かを心に決めたようなふうに口を開いた。
話してみよう。くるがやに。いままであったこと、ぜんぶ
「全部?」
「そうだ」
 鈴は決然と頷いた。
「あたしも、思い出したんだ」
「思い出した……」
「いろんなこと。あたしと理樹のことも、事故のことも、あたしじゃない誰かと理樹のことも、それから、おまえと二人で――他の誰もいなかったときのことも」

(続)


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