31.混乱の拡大(2)


 僕たちの話が終わり、いくつかの質問と答えがあって……やがて来ヶ谷さんは、深い深いため息をついた。
「現実は……そんなにも過酷なのか……」
「現実?」
「そうだ。私たちが巻き込まれたバス事故だ。そうでなければ、あの棗恭介が君たちを現実に帰さないという選択をする理由がない」
「現実に帰さないだって? それは、どういう……」
「まず。ここは現実の世界ではない。恭介氏の手のひらの中だ。それは判るな」
 突きつけられた問いに、僕は……渋々頷いた。
「ここは、君たち二人のために用意された世界だ。君たち二人が永遠に居続けるための、幸せな、幸せな……箱庭だ」
「箱庭……」
 そういえば、そんなことを誰かから聞いた気もする。
「そこに私の箱庭が接続してしまったのは、恭介氏も予想外といったところだろうが……」
 何かを言いかけて、来ヶ谷さんは言葉を切った。
「まあいい。続けよう。君たちがこの箱庭に至る条件は、2つある。ひとつは、君たちの深層心理に刷り込まれているであろうあのバス事故を乗り切ったと誤認させること。そしてもうひとつは、君たちが恋愛関係になることだ」
「恋愛関係?」
 僕と鈴は顔を見合わせた。
 鈴はしかめ面をしている。少しわざとらしい……気がする。
 そういう関係……たしかに想像はできる、かも知れない。でも実際には僕たちは、そういう関係にはない。少なくとも、今は。

「――その2つの条件を構築するために、恭介氏は2つのループを仕組んだ」
「2つのループ……?」
「判りやすいのは、第2のループだ。これは、バス事故を乗り切ったあとの世界で、君たちが仲を深めていくループだ。繰り返しの中でも、心の動きは保存される。恭介氏は、君たちをくっつけようと画策していたはずだ。そういう感じは受けなかったか?」
「ある……といえば、ある……」
 鈴もちいさく頷く。
「だけど、結果として……」
 また、鈴と顔を見合わせた。
「ない、な」
「そうだよね」
「ふむ」
 来ヶ谷さんは頷く。
「十分に君たちの仲を深められないまま、この箱庭に至ってしまったのは、恭介氏にしても想定外だっただろうな。恐らくは、その……西園美鳥に業を煮やしたんだろう」

「でも、くるがや」
 鈴が手を上げた。
「なんだ、鈴君」
「よくわからんが……あたしと理樹がその、くっつけばいいなら、それだけでいいじゃないか」
「ふむ、それだけでいい、とは?」
「その……」
 へにゃりとした顔で言いよどむ。
「くるがやのいう、最初のループ、っていうのか?」
「ああ」
「そこで、理樹がその、みんなと……つきあうなんて、そんなの何の意味があるんだ? あの……くるがやも含めてだ」
「そう、物語のキモはそこにある」
 来ヶ谷さんは笑った。妙に――冷たい笑いだった。
「最初のループの意味は果たして何だ。鈴君を育てるためにミッションを与える。それと同じ事を理樹君にしても、それだけでも十分だったはずだ。バス事故を乗り越えるためには――そう錯覚させるためには。だから、理樹君がリトル・バスターズの皆と恋愛を繰り返した意味は、別の場所にあるはずなんだ。なあ、理樹君、その意味は、何だ?
 来ヶ谷さんは、もはや笑ってはいなかった。僕の顔は凍りついていた。答えは思い浮かんだ。だが、これでは、あまりに――
「そういうことだ。理樹君」
 僕の逡巡を見てとったか、来ヶ谷さんの口元がゆがんだ。
「君は、誰かと恋愛をするにはあまりに子供過ぎた。理樹君、君に恋愛を繰り返させた目的は、ほかでもない、鈴君に対して間違いを犯さないように、恋愛の技術を身につけさせるためさ。リトル・バスターズの皆を練習台にしてな……!!」

(続)


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