棗恭介は、夢を見ていた。
永遠の夢、虚構の夢のなかにいた、あの頃の夢だった。
そして世界には誰もいなくなった――と棗恭介は思っていたのだが、思いがけないひとの気配を感じて、目を少しばかり見開いたのだ。
「……まだ、残っていたのか。小毬」
「うん」
棗恭介のいる教室に、神北小毬は足を踏み入れる。
座ったのは、棗恭介のすぐ後ろの席。
背中合わせの向きだった。
今は二人しか残っていない仮初めの世界。
言葉さえ交わせれば、それは世界のあらゆるものと等価なのだ。
「ねえ、恭介さん」
「なんだ」
「りんちゃんと理樹君、大丈夫だよね」
「さあな」
棗恭介はそう言って、ひょいと肩をすくめてみせた。
「あとはあいつら次第だ。俺たちは、できることをした。『でもそれは、また別のお話』さ」
「うん。でも、りんちゃんと理樹君なら、大丈夫だと思わない?」
「――そう、だな」
さよならは、さっき済ませてきたのだ。
二人はもう、迷わないだろう。
世界がまたひとつ静かに揺れて、その欠片のいくらかが剥がれ落ちて消えた。
恭介が机に手をついて立ち上がる。
「さあ、そろそろ行こうぜ」
「うん」
が、小毬はそう答えてから、
「……ねえ、恭介さん」
恭介に背を向けたまま、つけ加えた。
「なんだよ」
「もし、またりんちゃんと会えたら、仲直り、してね」
一瞬、間があって。
「……なんでもお見通しなんだな、小毬は」
「なんでも、じゃないよ」
「だが、もう――俺達は助からない。それは無理だ」
「だから、もし、のお話。りんちゃんと理樹君がこれからどうするのかは、もう恭介さんのお話じゃなくて、『それはまた別のお話』だからね」
「……」
「もしも、だよ。もしも――そんなことがあったときには、恭介さん」
神北小毬は、すらりと立ち上がると、くるりと棗恭介のほうに振り向いた。
にこにこ笑顔だった。
「そのときは、恭介さんも、ちょっとだけ頑張ってみてほしいな、と思うのです!」