夢から醒めて、(前半)

夢から醒めて、(前半)



棗恭介は、夢を見ていた。
永遠の夢、虚構の夢のなかにいた、あの頃の夢だった。



 そして世界には誰もいなくなった――と棗恭介は思っていたのだが、思いがけないひとの気配を感じて、目を少しばかり見開いたのだ。

「……まだ、残っていたのか。小毬」
「うん」

 棗恭介のいる教室に、神北小毬は足を踏み入れる。
 座ったのは、棗恭介のすぐ後ろの席。
 背中合わせの向きだった。
 今は二人しか残っていない仮初めの世界。
 言葉さえ交わせれば、それは世界のあらゆるものと等価なのだ。

「ねえ、恭介さん」
「なんだ」
「りんちゃんと理樹君、大丈夫だよね」
「さあな」

 棗恭介はそう言って、ひょいと肩をすくめてみせた。

「あとはあいつら次第だ。俺たちは、できることをした。『でもそれは、また別のお話』さ」
「うん。でも、りんちゃんと理樹君なら、大丈夫だと思わない?」
「――そう、だな」

 さよならは、さっき済ませてきたのだ。
 二人はもう、迷わないだろう。

 世界がまたひとつ静かに揺れて、その欠片のいくらかが剥がれ落ちて消えた。
 恭介が机に手をついて立ち上がる。

「さあ、そろそろ行こうぜ」
「うん」

 が、小毬はそう答えてから、

「……ねえ、恭介さん」

 恭介に背を向けたまま、つけ加えた。

「なんだよ」
「もし、またりんちゃんと会えたら、仲直り、してね」

 一瞬、間があって。

「……なんでもお見通しなんだな、小毬は」
「なんでも、じゃないよ」
「だが、もう――俺達は助からない。それは無理だ」
「だから、もし、のお話。りんちゃんと理樹君がこれからどうするのかは、もう恭介さんのお話じゃなくて、『それはまた別のお話』だからね」
「……」
「もしも、だよ。もしも――そんなことがあったときには、恭介さん」

 神北小毬は、すらりと立ち上がると、くるりと棗恭介のほうに振り向いた。
 にこにこ笑顔だった。

「そのときは、恭介さんも、ちょっとだけ頑張ってみてほしいな、と思うのです!」

(続)


 

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