33.revive us, please,


 気がつくと、
 ぱち……ぱち…………、
 と、何かが爆ぜる音がしていた。
 何かが燃えているのか、電気の火花か……ぼんやりと直枝理樹はそんなことを思った。

 撹拌され、ぐちゃぐちゃになった車内、割れた窓から見上げる空は青くて、そこにかかる木々の影は逆光に深緑だった。
 バスの中からは、あちこちからうめき声が聞こえた。泣き声もだ。地獄だった。
 体を動かしてみる。激痛が走った。息を吸うだけで胸のあたりが、ごぐ……と音を立てた。
(肋骨……左足もか……)
 頭も割れるように痛い。血が出てるかも知れない。
「くそ……」
 そんなことを考えている場合じゃない。直枝理樹は動き出す。まだ生きている右足と、左手……右手は指が2、3本イカれている。畜生。右手を伸ばす。掴む。痛い――。

 バスの外に這い出る。幸運に入り口に近かった生徒が、脱出していた。
「直枝……!?」
 が、彼等も何をする気力もないようだった。目の前の惨状をただ呆然と眺めているばかりだ。
 理樹は這いずるようにしてバスの車体の裏に向かった。ずる、ずる……と体を引きずる。血と泥と涙が交じり合って、顔も手もぐちゃぐちゃになっていた。

 果たして、棗恭介はそこにいた。ガソリンタンクからとぽとぽと漏れ出すオイルの中心だ。
「恭……介……ッ!!」
「理樹……!?」
 棗恭介はもう、何をする気力も失ってしまったかのように背をガソリンタンクに預けていた。が、直枝理樹を見ると、ぽつり、呟いた。
「バカ野郎……」
 直枝理樹はそれ以上何も言わなかった。体力が残っていなかったのかもしれない。無言で棗恭介ににじり寄ると、左手でその襟首をねじり上げた。だが、恭介は表情をぴくりとも変えなかった。
「鈴を連れて逃げろ、理樹……」
 理樹の顔が歪んだ。ほとんど反射的だった。その右の拳が棗恭介の顔を直撃した。
 直枝理樹は、吹っ飛んだ棗恭介ににじり寄ると、またその襟首を掴みあげた。
「何のつもりだよ……恭介……ッ!」
「……」
「みんなを、何だと……思ってるんだッ!!」
 獅子の如く、直枝理樹は吼えた。ぐにゃり、と棗恭介の顔が歪んだ。
「ここまできて――」
 恭介の両腕が、理樹の襟首に伸びた。
「――まだそんなことを言っているのかっ!!」
「そんなこと、だって!?」
 理樹の手が、恭介の首を絞めんばかりに握られた。
「なにふざけたこと言ってるんだよッ!!」
「お前こそ……生きるか死ぬかなんだぞッ!!」
 そのとき、ぱちぱちと爆ぜる音が車の向こうから聞こえてきた。
『ひ……火だ……!』
『逃げろ……!!』
 クラスの皆の声が聞こえてくる。
「聞こえるか理樹! こうなるんだ―――見ろ! 見ろよ! ここにあるのは、絶望か、さもなきゃ――死だ! それに比べて……あいつらの淡い恋心が……何だって言うんだ!」
「だからってみんなの心を好きなように弄んでいいってことにはならないッ!!」
「それなら……」
 恭介がぐっと理樹の顔をねめつけた。その目はほとんど血走っている。
「……それなら今すぐお前たちが助かる方法を考えてみろ! できやしないんだ、そんなことは!!」
 何かが爆発する音がした。だが、最早二人の耳には、それすら届いていなかった。
「それは恭介の理屈だ! 勝手すぎるだろッ!!」
「何を思って俺が――なぜ判らないッ! なんでなんだよッ!!」
「恭介ーッ!!」
 絶叫が地獄に響き渡る。またひとつ炎があがる。最後の力を振り絞り、互いの襟首を掴み合う。睨み合う。二人はもう、決定的に決裂していた。双眸に怒りや憤りや、そんな感情がないまぜになって渦を巻いている――

 その恭介の目がきゅっと絞られた。
「な……」
 その両手が理樹の襟首からばさりと抜けた。ぼんやりと開かれた口から声が漏れる。
「なんだ、あれ……?」
 恭介の視線は、理樹の背後に釘付けになっていた。
 何だ……!?
 理樹は振り返る。昏い森の底から見える僅かな空に、なにかの影があった。
 飛んでいる。まっすぐにこちらに向かって飛んでくる。赤い――あれは……!?
「ヘリコプター……?」
 理樹が呟くのと、同時だった。水が降ってきた。それも、一滴二滴ではない。シャワーの如く、滝の如く――
 一瞬にして、理樹は理解した。
「消防ヘリコプターだ!!」
 水は次から次へと降ってくる。火と水が絡み合い、水蒸気となってあたりに立ちこめる。地面が、バスが、燃える火が冷えていくのが判った。
 そんななかで、棗恭介は呆然と空を見上げていた。降りつける水が、その顔を、髪を、体をずぶずぶと濡らしていく。そして恭介は――ずるりとくずおれた。
 理樹は手を伸ばしかけて……それを支えることができなかった。地面に顔を伏せた恭介が、なにか呻いた。
「どうして……」
 震えていた。泣き声だった。叫び声だった。
「助けなんて、なんで今更……そんなのが来るんだよ……!!」
 だが、その声は水の降る音にかき消されていく。ただ、降り注ぐ水だけが、棗恭介をひたすらに打っていた……。

(エンディングテーマ:Song for friends)

(続)


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