あとがき - 4年越しの補遺



 そんなわけで、皆様おひさしぶりです。鶏卵工房 瀧川新惟です。

 さて、きょうは2017/8/12、C92の前日です。
 「棗恭介の帰還」をWebで連載していたのが、2012/11/08から2012/12/09で、本のかたちにしたのが2013/3/24ですから、まあ、あれから4年の月日が流れています。
 C92では、「棗恭介の帰還」の補遺にあたる本を頒布します。
 今、表紙にある「棗恭介の帰還」の章、「hanabi/棗恭介の帰還」と、そのさらに補遺にあたる「夢から醒めて、」を収録した、小さな本です。
 そんなわけで、このページにも、(実は5月4日、恭介の誕生日にプロトタイプは置いてあったのですが)4年ぶりに更新がされている、というわけです。

 ま、まずは、明日頒布予定の本のあとがきを、ぺたり。



 本誌については、おそらくはじめましての方はあまりいないのではないかなと思います。ご無沙汰しています。瀧川です。「hanabi/棗恭介の帰還」お楽しみ頂けましたでしょうか。
 本誌は単独でも読める話になるように意図していますが、タイトルの通り、二〇一三年発売のKey+Liaのマキシシングル所収の「Hanabi」を下敷きにしています。
「Hanabi」は、リトルバスターズ!の原型になった曲ではないか、という話も聞かれる曲です。実際、アニメのRefrainの六話、鈴シナリオの最終盤でBGMとして使われたことで、理樹と鈴の逃避行の元ネタになった曲なのだ――というふうに捉えられがちですが、一方で「Hanabi」を恭介と鈴の昔話である、というふうに理解するひとも、またいます。
 恭介と鈴の過去に何があったのか、リトルバスターズ!本編では、ただあいまいに仄めかされるばかりです。でも、たぶん、なにかは、あった。恐らくは、棗恭介、棗鈴というひとの根幹にかかわるなにかが。

 棗恭介というひとは、瀧川には――いつも死にたそうにしている、ように見えます。
 あの人は、基本的なポジションとして道化で、自分の価値を低く見積もる傾向にある――なんならほとんどゼロか、さもなければマイナスだ。
 でも――僕たちがよく知っているように――棗恭介というひとはまた、たくさんの人を救いもしている。ちょっとかわった傾向にあるバスターズの皆に居場所を作ったのは、他でもない、棗恭介そのひとなのだから。
 だから、リトルバスターズの物語を終えるにあたって、リトルバスターズの皆で修学旅行に出かける前に、もうひとつ、必要なものがあるのではないか……と、瀧川は思うのです。すなわち、棗恭介の、憑き物落としの、小さなお話が。
 棗恭介というひとは、神様役をやらされただけの、完璧超人でも何でもない、ただの普通の人間なのでしょう。その棗恭介が、それでもやっぱり屈託なく笑えるような、そんなエンディングがいいなあと、僕は思うのです。

 それでは、次回作でまたお会いしましょう。鶏卵工房、瀧川でした。
 


 ……とまあ、こんな感じなのですが、「棗恭介の帰還」に関する言及がないですね。
 「hanabi/棗恭介の帰還」は、単独でも読めるように作ってあるので、言及は必要ないといえばそうなのですが(なにしろあっちは4年前の本です)、ここですこし、補足します。

 「棗恭介の帰還」は、以下のようなコンセプトのお話でした。あとがきから引用します。

 実は『リトルバスターズ!』の健全性を担保するのにはもうひとつ、簡単な方法があります。それは、他でもない、理樹に恭介を乗り越えさせることです。


 でも、これって実は、欠落している観点がある……というのに気づいたのが、今年の春先でした。
 欠落。
 なにしろ、このお話は「棗恭介の帰還」と銘打っているのにもかかわらず、棗恭介がどうしてリトルバスターズに帰ってこられたのか、の描写が、あいまいにぼかされていたのです。

 その辺りの描写は、今は目次から外したここで補足してあるのですが、まあ、不十分にもほどがある。
 それはなんとかしなければいけないのだけど……残念ながら、リトルバスターズという物語には、恭介と鈴が乗り越えるべき物語は、「鈴のトラウマ」という抽象的な一言で済まされており、記述は全くない、のです。

 そう、「鈴のトラウマ」は、ほかでもない、「恭介のトラウマ」でもあるはずなんです。

 だけど、恭介がそれを乗り越える描写は、もう、本編では一切ない。
 これを乗り越えない限り、恭介が心の底からリトルバスターズに帰ってくることは、できないのです。
(※ここで、棗恭介の麻枝准のアバターとしての性質に触れることもできますが、それは割愛します)

 本編にないものを書くのだから、これは、本編以外から引用して接続するしかない。「Hanabi」がアニメで引用されていたのは、これは僥倖でした。



 そんなわけで、このお話を書いてようやく、僕は(個人的に)リトルバスターズの物語を終えることができたように思います。
 棗恭介の物語が終り、そしてまた始まり、みんなで修学旅行に出かけるのです。

 リトバスのクライマックスは、棗恭介との別れのシーンだと言われますが、この小咄を下敷きにしたとき、僕はエンディングの、恭介が帰ってくるところで、泣きました。
 恭介さん、かえってきたんだねえ。よかったねえ、と。
 自分のせいで起こってしまったことに、全部ケリをつけて、帰ってきて。
 そして、恭介さんの未来に楽しいことがたくさん待っていると思ったら、やっぱり泣けてきてしまうのです。


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